Review vol.18「Heart,Mind and Soul」

※reviewの加筆文は、最後に書いています。




Vocal Review vol.18
「Heart,Mind and Soul」
作詞 Mai Osanai
作曲 SOS


このバラード曲で珍しくジェジュンは、歌い出しを歌っていません。
けれども、「Oh why…」でジェジュンのフレーズが始まると、一気に曲が彼の色に染まって行きます。彼の甘くせつない声がこのメロディーにピッタリで、涙が出るほどです。
彼は、「僕をみるの…」のフレーズで、『く』の発音を高い音域にも関わらず、上手く上に抜いていますね。抜いているといっても、きちんと響いたきれいな声です。
また、「Oh why…」のフレーズは、中音域がとてもよく鼻腔にあたって、心地いい響きですね。そのためにさらに歌声が甘くきれいな歌声に聞こえます。
「君がひとつ瞬くたびに…」のフレーズは、男性の声というよりは、女性のアルトの声に近い響きです。
この彼の声の特性は、発声を変えた現在でも、同じ特性を持ちます。
彼の声は、ハイバリトンというよりは、女性のアルト(低音)の声質に非常に近いものがあります。
ですから、私達の耳に心地よいのかもしれません。
この特性は、神様が彼にだけ与えたものですね。
声は、持って生まれたものです。声質だけは、どんなに後で努力してもどうにもならないものがあります。一人一人、指紋が違うように、声にも声紋というものがあり、決して同じ声の人はいません。これだけは、神が彼に与えたものであって、それは、天性のものですね。
その与えられたものを、彼は彼自身の努力によって、他の誰もが追随できない高さにまで伸ばしてきました。彼自身の努力がなければ、決して天性だけでは、心を打つ歌を歌うことは出来ません。
そして、そうやって伸ばしてきた彼の声は、彼だけのもの。他の誰にも真似できない、彼独自のものです。ですから、私達はこの彼の歌声に固執するのです。
彼が歌わない限り、私達は、二度と彼のこの歌声に出会うことは出来ません。
彼の声が変遷しても、彼の本来持っている響き、音色は、誰にも真似できるものではなく、また失われるものでもないのです。
この曲は、本当に彼の声の特性をふんだんに聞かせてくれる曲ですね。
その声は、特殊なものです。この声が、初期のこの頃の特性を残しながら、発声を変えた後、音域が驚異的に伸びて、彼は自由自在に歌うことができるようになります。
「Heart, Mind and Soul」は、初期の頃の中で「Begin」と並ぶ代表作です。地声での発声でありながら、伸びやかで透明感あふれた声をふんだんに聞くことができる一曲です。
そして、やはり、声だけでなく、楽曲の表現力という部分で、彼は、他を一歩も二歩もリードした歌い方を展開しています。
彼の歌が、私達多くの人の心を打つのは、その声の特質もさることながら、歌い上げていく表現力にあります。
しかし、残念なことに、この日本での高い評価ほど、韓国では、彼の歌の評価は高くありません。そのことが、歯がゆくてなりません。
それは、彼の声質が、韓国語より日本語に合った響きであることが原因なのかもしれません。日本語と韓国語の発声の違い、これが、彼の声に与える影響は、少なからずあると言えます。
しかし、彼の日本での数年間の努力が今の歌唱力を培ったと言っても過言でないと私は感じています。この曲は、その歌唱力を表現した作品のひとつです。

このあと、彼の声は明らかに変化していきます。
それは、彼自身が語っているように、発声を変えるからですね。この後、私達は、彼が少しずつ、着実に新しい発声を身につけて、新しい声質を手に入れる過程を多くの楽曲と共に楽しむ事ができるでしょう。
この曲は、初期の貴重な彼の代表作であり、私の大好きな曲の一つです。


2012年10月11日(アメブロの旧サイトにて初掲載)



【2017年7月3日 review 追記】

5月にこのブログの定期更新を再開しました。
過去に書いたreviewを数年ぶりに書き直していて気づいたことがあります。それは、何度聴いても、いつ聴いても、彼の歌の印象は私の中で変わらない、ということです。
聴くたびに新しい発見があることは確かです。ですから、こうやって追記を書くことができます。でも変わらない部分もあります。それは、彼の歌の根幹ともいうべき部分で、彼の持つ声質、発声のメカニズム、音楽に対する姿勢など、何度聴いても、何年ぶりかに聴いても、絶対に変わらない印象があります。
これが、彼が歌手である所以であって、歌手以外の何者でもない、ということになります。
今、なかなか歌う機会のない状況が続いていますが、これが彼の歌手生命にどのような影響を与えるのか、ということを考えたことがあります。
この7年間で一番危機だと感じたのは、2012年でした。2010年に韓国に戻ったあと、2011年には両国とひたちなかに戻ってきました。けれども韓国では、アジアツアーをし、worldツアーを2012年3月にかけて行なっただけで、国内では、2010年の11月以降歌えなかった。結局海外で歌うしかなかったのです。特に彼は、ソロ活動をしませんでした。あくまでもJYJにこだわり、グループ歌手にこだわり続けました。結局、彼は、歌う場所を失ったのです。そして、2012年には、事務所によるサセン問題を発端とする嫌がらせの中で、事務所の思惑通り、歌手活動を諦めていく一年でした。俳優に転向したのかと思うほど、彼は全く歌わなかった。歌わなかったのではなく、歌わせて貰えなかった。その中で、彼自身が諦めてしまったように感じる一年でした。この一年のブランクは大きく、2013年のバースデーファンミ、さらに6月の横アリにおける彼の歌唱は、東方神起時代に歌い続けてきた彼の歌声とは比べ物いならないぐらい力量そのものが落ちていました。
これは、どんなに歌える歌手であっても、どんなに素晴らしい声を持つ歌手であっても、歌わなければ、歌えなくなる、ということを現実問題として彼自身と私達に突きつけたと言えます。
1月のソウルでのバースデーファンミのあと、アジアでの同様のファンミにおいて、歌いながら、自分の力量の衰えを一番感じたのは彼自身だったと思います。だからこそ、横アリの前には一週間以上も前に日本に戻り、連日の猛練習を重ねてきた。それでも3年近く満足に歌ってこなかったブランクを取り戻すことは出来ませんでした。
横アリの初日は、後半の「One Kiss」では明らかに息切れをしました。ステージ上でへばった彼を初めて観ました。DVDに残る二日目は、多くのミスが目立ち、歌い飛ばした部分が何ヶ所も存在します。3日目が、一番いい出来でした。それは、やっと3日目にして声が安定したこと。ステージに慣れたこと。歌手としての勘を取り戻したのだと言えます。ノーミスの3日目でしたが、それでも最後の曲「Glamarous Sky」では一ヶ所、高音の声を張り上げる部分で、声のコントロールが上手く行かずひっくり返ってしまいました。それほど、歌手にとって歌わない、歌う場所がない、歌えない、ということが、大きく影響を与えるものだということをまざまざと感じたコンサートでもありました。
2013年にもし、彼が歌えず、あと1年でも遅れていたら、もしかしたら、彼は歌えなくなっていたかもしれません。3年のブランクというものは、取り返しのつかないほど大きいものとも言える。ブランクを埋めるのは、練習しかない。
彼は、横アリ以降、どんなに歌う機会が少なくとも、声が落ちません。それは、おそらく自主的に練習を積んでいると思います。そういう点で、コンスタントに歌う場所が与えられた軍隊での2年は、彼を歌手ジェジュンのポジションに文句なく戻したと言えます。
何度も何度も「入る入る詐欺」とまで言われた入隊時期ですが、伸びたことで、彼にとっては、彼しか軍隊に活躍出来る芸能人がいないという状況になり、あれほど重宝されたとも言えます。軍隊生活の中で、軍務と音楽以外に何もない環境に放り込まれたことが、歌手ジェジュンにとっては、この上なく幸運だったとも言えるのです。

「Heart,Mind and Soul」は、そんな歌手ジェジュンが、初めてメインヴォーカルを取ったとも言える曲です。まだ地声で歌っていたこの頃ですが、その後の彼の歌声の変化を示唆する要素はたくさん含まれている一曲だとも言えます。地声で歌っていながら、非常に心地よい響きをした歌声なのは、それまでのハスキーなストレートな響きがすっかり影を潜め、鼻腔に当てた柔らかい響きになっているためです。
彼の初期の歌で私が最も好きな曲は、これです。
彼の優しい人間性の溢れた曲で、いつも音楽に対して真面目で真摯に取り組む姿。本質的な優しさを感じる一曲です。

歌には、歌い手の人間性が現れます。それは、避けようのない事実であり、だからこそ、彼の人間性に溢れる歌に触れたくなる。
「Eternal」と並んで、麻薬のような彼の歌の始まりとも言える1曲です。

Review vol.17 「Eternal」

※reviewの加筆文は、最後に書いています。

1st Album「Herat,Mind and Soul」に収められた曲のうち、SingleのB面に収められている曲が何曲かありますが、これらは、発声を変える以前の初期の彼の貴重な歌声を記録しています。
その中から、私は、「Eternal」と「Heart,Mind and Soul」の2曲を選び、Reviewリストに加えたいと思います。
これらの曲は、どちらも、「Begin」へ繋がる歌であるからです。
Single曲を重視していましたので、これらの曲を見落としていました。
しばらくは、戻って、彼の歌声を聞きたいと思います。



Vocal Review vol.17「Eternal」
3rd Single 2005.11.2発売
作詞 RYOJI SONODA
作曲 KOSUKE MORIMOTO


歌い出しのフレーズ「街路樹を待ってる…」からの2フレーズはとてもきれいな歌い出しですね。
この歌い出しは、本当に誰にも真似できないくらい、そっと自然に入ってきます。
ジェジュンの歌のいくつかの特徴に、この歌いだしがあります。
曲との融合性が高く、声の親和性とあいまって、彼の歌いだしには、高い評価があります。

これは、韓国でのデビュー当時から変わりません。彼が本当に歌を大切に思っている心が、この歌い出しに現れていると思います。
この曲の歌い出しも、喉の力が抜けて、す~っと曲に寄り添って入ってきます。そしてとても美しい声ですね。
その歌い出しの声に比べると、その後のユニゾン部分は、中音域から高音域にかけて少しハスキー気味になります。
このメロディー展開だと、この頃の地声の発声により、高音部は、少しハスキーな声になります。
ところが、同じ高音域でも、「どこまでも羽ばたけるよ、君の夢を乗せて 過去の涙…」
のフレーズでは、ほとんどハスキーさは消えています。
そして、高音にかけて、声が鼻腔(鼻のポジション)によく当たっています。
この曲で、彼は初めて、このようにポジションのきれいに当たった声を私達に聞かせてくれました。それまでの彼の高音部の声は、どちらかといえば、下から突き上げたような出し方をしていましたから、ハスキーさが顔をのぞかせていました。
しかし、この曲で、同じ高音部を歌うのでも、歌詞やメロディーによって、彼が歌声を使い分けているということがわかります。
この頃、まだ、彼の歌声は安定していません。ですから、その時々で声を出すポジションもバラバラになり、1曲の中でいろいろな声が聞こえます。

しかし、全体的に安定した非常に甘く、やさしい歌声が聞こえます。
この曲の甘美なメロディーとよくマッチした歌声です。


2012年10月11日(アメブロの旧サイトにて初掲載)



【2017年6月30日 review 追記】

この頃の歌声は、地声でありながら、韓国時代の1年間や、日本でデビューした頃の歌声は違い、何とか柔らかい発声で歌おうとしている痕跡が見えます。
この曲は、歌いだしだけでなく、メロディーの後半などは、殆ど彼のソロと言っていいほど彼が歌う割合が大きく占めています。この曲は日本の1stアルバムに収録されていますが、日本語の曲を歌い始めてそろそろ1年が経ち、日本語の発音にも慣れてきた頃です。
日本語の単語を歌う場合、必ず言葉の母音で終わるという特徴があり、子音で終わる単語がなく、フレーズを伸ばせば、必ず大きな口を開け、喉の奧を開けなければ歌えない、という状況の中で、韓国語とは全く違う口の開け方や、音節の伸ばし方などを要求されることになります。
5人の中で、日本語を歌うことで、歌声に最も影響を受けたのが、ジェジュンであり、それまでの歌い方や歌声がある意味、確立していなかった、ということが一番大きな原因だったかもしれません。
それが、彼の場合は、吉となり、今の歌声を獲得していくことになります。

何度も書くようですが、もし、彼が日本活動をしていなければ、日本語で歌わなければ、さらに、韓国語でもっとガンガンにうたっていたなら、今の歌声は決して手に入らなかった。
ジェジュンの歌声は、今とは違い、もっとハスキーで、直線的。柔らかい響きの全くないストレートな歌声だったと言えます。

パラダイスファンミの時にも彼自身が答えている「ブレスを混ぜて歌う」という方法は、私達クラシックの人間には、最も馴染みのある方法で、自分の声の調子が悪いな、と感じる時や、また私達はよく使うのですが、「声のポジションが喉に落ちている。響きが落ちている」時に、それを修正する方法として用いるテクニックです。
また、歌声を柔らかくしたいとき、初心者で、声のポジションが掴めない時などに用いる方法でもあります。

以前は、彼は、自分の歌声について余り詳しく語ることがありませんでしたが、除隊後、よく話します。
おそらく、いつも彼の意識の中に、歌手としての意識があり、自分の歌声がどうなっているのか、コンディションがいつもベストに保てるように心がけるために、日頃から、意識をそこに持っているとも言えます。

彼は話し声は、太く低いのが常ですが、コンサートなどで少し大きな声で話したり、力を入ると、歌声に近いキーポジションになり、上ずった綺麗な響きの声になります。
これは、ライブなどで長時間、話す場合、歌のポジションに話し声を持っていくことで、長時間話しても、喉に負担をかけない状態を作り上げることになります。
彼の場合は、話し声にもブレス音を混ぜることによって、そのポジションを作り出していると言えます。

彼が、頭声で歌い始めるのには、まだ数曲あります。
頭声にしたとたん、声に響きが生まれ、弱い声ながらも、綺麗な響きになります。
それまでの過渡期であるこの時期の歌声は、彼のそのあとの進化を知る一つの手段になると言えるでしょう。

Review vol.16 「The way U are」Japanese ver.

※reviewの加筆文は、最後に書いています。





Vocal Review vol.16
「The way U are」Japanese ver.
2006.3.8発売 4th Single「明日は来るから」同時収録
作詞 テフン
作曲 ダニエル・パンダー


韓国で2004.6.22に発売された2nd Single「The Way U Are」の日本語ver.です。

韓国で彼がこの曲を歌ったのは、デビューしてから2枚目。曲でいえば3曲目になります。

韓国Ver.と日本語Ver.を聞き比べてみると彼の声の成長は歴然としています。

日本語Ver.の歌い出しだけ聴くと、今の声と違ってハスキーに聞こえます。
また、「明日が来るから」の歌い出しの声とも全く違う事がわかります。
それで、韓国Ver.を歌ったときと同じポジションに戻して歌っているのかと思いましたが、そうではありませんでした。

この時期は、非常に彼自身の歌の中に迷いが感じられます。
おそらく、楽譜を貰って歌ってみながら、どちらのポジションを使った方が歌いやすいのか試行錯誤していたのではないでしょうか?

すべての音域を歌いこなすほど、まだ新しい頭声の発声ポジションは身についていませんでした。
ですから、声のあたりも悪く、奥へ引っ込んだような感じになり、パンチがききません。

この曲は、歌い出しを担当し、後はすぐ1フレーズ歌っただけでソロ部分はありません。

コーラスしているときの声は、あきらかに以前のハスキーなポジションに近く聞こえます。
ところが実際に韓国Ver.を聞くともっと、ハスキーなのがわかります。

やはり、この時期は、もう以前のハスキーなポジションに戻る事はせず、新しいポジションで歌う事を試している時期といえます。

殆んどソロで歌う事がないので1フレーズの短い発声の中に彼の訓練と成長の足跡をたどって行かなければいけません。

日本活動が始まって、日本語の歌を歌いだして約1年、

彼の声は大きく変わろうとしています。

これからしばらくは、彼の声の変遷を確認していく作業が続きます。


韓国Ver.を一緒に上げますので聞き比べて下さいね。




$ジェジュンに恋してる 
2011年8月4日(アメブロの旧サイトにて初掲載)

◆「The way U are」韓国版 のレビューはこちら 
⇒ Review Vol.4 「The way U are」



【2017年6月26日 review 追記】

東方神起の曲には、このように韓国語バージョンと日本語バージョンの曲が数曲あります。それらの曲を聴き比べた時、他のメンバーの声にこれというほどの変化は見当たりません。どのメンバーも、韓国語も日本語もどちらも同じ歌声であり、安定した歌声であると言えます。その中で、ジェジュンだけが明らかに歌声が違うのです。これは、今の彼にも当然言えることで、彼は韓国語の歌を歌うときと、日本語を歌うときでは、明らかに発声ポジションが異なります。とくにROCKを歌うときは、大きく異なる。それは、シャウト音や、張り上げる声など、身体を使って、しっかりと歌わなければ歌えないものが多く、とくに韓国語の場合は、正しく発音する場合、どうしても喉に落とさなくては韓国語の発音にならないものがあります。その為、喉を深く大きく空けるというより、少し狭めて歌うことになるのです。
それに比べて、五つの母音しかない日本語では、喉の奧を大きく開けて発声しないと、綺麗な日本語の発音にならない。頭声で歌う彼の場合、特にそのように歌わないと、何を発音しているのかわからなくなります。これは、クラシックやミュージカルの歌手にも共通することで、えてして、発声が上手く行かないと、何を歌っているかわからない日本語を聞かされる、という羽目になりがちです。
彼の日本語は非常に明確で綺麗です。ほぼネイティブに近い発音です。
これは、以前にも書きましたが、彼の口元から顎にかけての骨格が、日本人の骨格と同じ為とも言えます。
また、声帯の種類も日本人の声帯に似通ったものを持っているのかもしれません。そうでなければ、どんなに発声を変えたとしても日本人好みの声にはならないからです。
5人の歌声のうち、彼の歌声が日本人好みの声に作り替えるのに適していると判断したのは、元々の声質に大きな理由があると言えます。
ハスキーで硬い声質を持っている人の場合は、どんなに息を混ぜて歌ってもソフトな声にはならないのです。
声は、指紋と同じで、声紋ともいわれるぐらい、唯一のものなのです。即ち、彼の歌声は唯一無二のもので、どんなに他に求めてもありません。
彼が歌声を失ったら、もう二度と、あの歌声には出会えないのです。
だから、私は、彼に声を大切にして欲しかった。
彼自身が、自分の歌声を唯一無二のものだと自覚し、大切にして欲しかったのです。
彼は、数年前から、マスクを常用するようになりました。
一時期、「どうしてそんなにマスクをつけているの?」と不思議がられるぐらい、室内でもマスクをつけたりしています。
彼の愛用するマスクは特殊なもので、声帯の為には、とてもいいものです。
これをチョイスしたところが、彼の歌手としての天性の勘ともいうべきものなのではないかと思います。
韓国では、病気の人がマスクをつける。即ち、日本のように防備という性質でマスクをつける習慣はありません。しかし、彼は明らかに歌手としての自覚として「喉を守る。声帯を守る」という観点からつけています。
そういう部分一つをとっても、彼が歌手としての自覚にこの数年で明らかに目覚めたと感じるものです。

Review vol.15「明日は来るから」

※reviewの加筆文は、最後に書いています。



Vocal review vol.15 「明日は来るから」
4th Single  2006.3.8発売
作詞 TAKESHI SENOO MAI OSANAI
作曲 TAKESHI SENOO


私がVocal reviewを書く理由は、もちろん、多くの方にKim・Jaejoongという歌手の事を知って貰いたい事。
彼のVocalを正しく評価してほしい事。
そして、何よりも彼という歌手が歩いてきた軌跡を記録に残したいからです。

彼のVocalに関してはいろいろな見方があると思います。
でも、少なくとも長い時間、音楽の世界で仕事してきた人間としての私の視点は、fanとして偏ったものではないと思っています。

彼ほど歌唱力と歌唱方法が変化した歌手を私は知りません。
そして、彼の歌唱を聴いて思ったことは、
彼が今後も歌手として進化し続けるだろうという事です。

彼が人間として進化し続ける限り、歌手Kim・Jaejoongは進化し続けます。
それだけは、両国と釜山を聞いて確信したことの一つでした。
また、機会を設けて書きますね。


さて、ちょっと脱線してしまいました。

「明日が来るから」です。

これは、日本活動が始まって約1年が経った頃の曲になります。
日本語の発音にも慣れてきた頃ですね。

歌手は、話せなくてもその言語を歌う事は出来ます。
歌詞に使われる言葉は限られていますから、くり返し練習することで正しい発音を身につけていきます。
もともと母国語の発音に癖のなかった彼は、日本語の発音も実に明瞭です。


この曲はかなり低音域から始まります。
曲自体の音域が「東方神起」時代は、今より約3度ほど低くなります。
これは、構成しているmemberの音域が低いのが原因です。
メロディーラインを彼の得意とする中高音域に設定すると当時のmemberの構成では、ハーモニーを作る事に困難を伴いました。
彼の声の上部のハーモニーを作る事が難しかったのです。
ですから、どうしても彼の得意とする音域よりは少し低めになっていました。


完璧主義の彼は、おそらく低音域で自分の声がノイズ音ばかりになるのが嫌だったと思います。
そこで声にブレス(息)を混ぜて響きを作り出す方法を考え出しました。
考え出した…というのは、おそらくこの頃には、もう個人的に多くのレッスンを受ける事はなかったと思うからです。
日本と韓国の2つの国で仕事をこなしながら新曲を覚えていくのですから、殆んど時間的に個人レッスンに通っている時間はなかったと思います。
それなのに、あきらかにこの曲で彼は低音域を歌う方法を今までと変えてきました。
今までは、地声を使っていました。
ですから少しハスキー気味な声です。
ところがこの曲の低音域を歌う彼の声は、地声ではなく明らかに頭声なのです。


頭声というのは、女性でいう裏声に当たります。
男性の裏声にファルセットヴォイスというのがありますが、ファルセットは、もっと柔らかく響きを抜いた声になります。

彼のこの曲で使っている低音域の声は、ブレスを混ぜた頭声の響きをしています。
ですから、あんなに低音域であっても言葉が明確に聞こえるのです。

そのかわり、息継ぎ音、いわゆるブレス音が聞こえていますね。

これは、結構、現在の彼の歌唱にも存在しています。


息継ぎ音が聞こえる大きな原因に身体が使えていない…という点があります。
腹筋を使わずに喉だけで歌う時、ブレスを混ぜて歌うとこういう声になりがちです。

クラシックでは、息継ぎ音が聞こえる事は、基本的には徹底して直します。
直した上で、感情の高ぶりなどを表現するときにテクニックの一つとして使います。

ただ、この頃の彼には、まだテクニックとしてこれを使う事は出来なかったと思います。


この曲は、JSの曲と言われていますが、よく聞くと結構、彼がリードヴォーカルを取って歌っている部分が多いです。
彼のどんな音域にも対応するソフトな声の響きが、この曲のハーモニーに幅を与えている事だけは確かな事です。


この後、彼の声も歌唱もどんどん変化していきます。

とても楽しみですね。


2011年7月4日(アメブロの旧サイトにて初掲載)




【2017年6月23日 review 追記】

この曲は、ジュンスの曲として有名です。確かにジュンスがメインヴォーカルを取っていて、全体的な印象はジュンスの歌声に彩られています。ジェジュンはあくまでもリードヴォーカルの役目を担っているのですが、この曲は、彼が低音域を出すのに、今までの地声ではなく、柔らかい声を使い始めた曲でもあります。
余りに低音域のために、地声で歌うと声にならなかったのかもしれません。それで息を混ぜて歌う方法を指導されたように思います。
息を混ぜて歌う。
これが簡単なようで実は大変難しいものでもあります。
息を混ぜすぎると息漏れの酷い声になり、混ぜ方が少ないと地声になってしまいます。
低い音域を歌うために、初めて、頭声の発声で歌ってみた、という感じなのかもしれません。
6年前のreviewには、頭声で歌っている、個人レッスンを受けていないように思う、と書いていますが、あらためて今聴き直し、彼の発言などを思い起こすと、この頃から、逆にレッスンが始まったように感じます。

「日本人の好みの歌声に作り替えるのに、1年半かかった」

次々、新曲をこなし、過密なスケジュールをこなしながらのレッスンですから、容易ではなかったと想像出来ます。
その努力の成果が現れ、今の歌声の基礎としてはっきり歌に現れてくるのが、「Step by Step」です。
それまで数曲ありますが、次の「Begin」は、明らかに地声で歌っていますので、まだほんの少しレッスンが始まった頃、という感じなのでしょう。

いずれにしても、彼のその努力がなければ、今の彼の歌声はありません。そして、日本語に出会わなければ、決して手に入れられなかった歌声でもあります。

この曲では、今の彼の歌声の片鱗を低音部に聴くことが出来ます。
これからしばらくは、頭声と地声を行ったり来たり。
なかなか新しい声を安定して出すというのには、時間がかかると思います。

歌手として、「歌声を変えろ」と言われても、なかなか簡単に出来るものではありません。ましてや、既に何年も歌い続け、デビューしてしまっているのです。自分の歌声にファンがイメージを抱いているのも知っていて、その声を変えるのには、勇気がいります。さらに「日本人好みの歌声」に作り替えるというのは、韓国人であり、韓国語の歌も歌う彼にとっては、不安も伴ったかもしれません。そういう中で、彼が、歌声を作り替えたことに同じ音楽人として、心から尊敬します。
その姿勢は、私達のように音楽を勉強する人間と同じもので、彼が真摯に音楽というものに向き合う人なのだということを現している大きなエピソードです。

この曲以降、徐々に彼の歌声が占める割合が増えてくる曲が多くなります。
彼が完全にメインヴォーカルのポジションに着くまでの間、彼の歌声が完全に頭声に転換されるのと比例しての期間になり、その経過を歌から知ることが出来ます。

Review Vol.13 「My Destiny」

※reviewの加筆文は、最後に書いています。



Vocal review Vol.13 「My Destiny」
2005.11.2 3rd single発売
作詞 MAI OSANAI
作曲 KEI HANEOKA



今回は3rd single「My Destiny」の登場です。

この曲でやっとJJはまともに歌っていますね~ 笑

前2曲と曲の雰囲気も変わりました。

彼は出だしとサビを担当しています。
今までと違ってかなり歌っています。

彼の持ち味であるソフトな出だしで始まるこの曲のメロディーラインはかなり低めで皆、とても苦労していますね。
元来、彼のように中高音から高音にかけて綺麗に響くタイプの声を持つ人は、このように低い音域を歌うと響きが抜けてしまって殆んどノイズ音になるのが特徴です。
ところが彼の場合、出だしの低い音でも見事に響きを当てて綺麗に歌っています。

彼のこのような発声を聞くとき、私はいつも不思議に思うのです。
何故、クラシックの発声を勉強していない彼がこのような発声をすることが出来るのか…
彼にもし出会えたら、聞いてみたいですね…どうやって身につけたのか…

多くの歌手はとてもこの低音域の発声を身につけるのに苦労します。
特に彼のように高音に響きの中心があるタイプは、このような低音域ではほとんどが響きません。
ところが、彼は何とか響かせています。

まだ、身体も使えてないし声も成熟していません。
ですから綺麗な響きではあるけれど、芯のあるしっかりとした声ではないですね。
細くソフトで綺麗な響きの声です。
そして何の癖もない声です。

この癖がない声というのは、今現在も全く変わりません。
これは、彼の口の開け方に大きく秘密が隠されています。

「JJの口の開け方が最初の頃と最近とでは違うように思う」とコメント頂いたことがあるのですが、確かにPVを見ると韓国での最初の1年間のPVでのJJの口の開け方は今と全然違います。
一つは、余り大きく喉の奥を開けていないですね。
そしてまだ唇や周りの筋肉、顎に歌う時に余分な力が入っているため、PVの映像撮影の時には、コンサートの時ほど真剣には歌っていなかったでしょうから益々作ったような口元になっています。

それがこの「My Destiny」では随分改善されていますね。
これには、原因があります。

これは、日本語の発音に大きな原因があります。
彼がその言語を正確に発音しようと努力するタイプだという事は何度もお話ししていると思うのですが、日本語の曲も3曲目で、さらにこの曲では彼は多くの箇所を歌っています。
日本語の発音を正確にしようと心がけた結果、大きく口を開けないといけなくなりました。

日本語の母音、「あ、い、う、え、お」の中で横に大きく広げる母音はあるでしょうか?
韓国語のように大きく横に広げる発音はありません。
すなわち日本語の発音は、横に広げなくても「い」も「え」も発音出来てしまうのです。
その代り、縦に大きく開かないと「あ、お」は発音が曖昧になります。
また、「う」の発音に関しては口を前に突き出して発音しなければ、歌では言葉が曖昧になってしまいますね。

そういう日本語の特色をしっかり正確に発音しようとした結果、彼の口の開きは変わりました。
この曲では、まだ少し縦の開きが十分ではありませんが、PVを撮影するときには真剣に歌っていると思われます。それでこの曲では随分口の開きも変わってきました。これからどんどん開いていきます。
そしてそれと同時に彼の声も変化してきます。

また、この曲は初めてのバラード曲でした。
これまでの2曲がダンスナンバーだったのに比べ、初めてのバラード曲で、バラードを歌うにはどうしてもJJの感性と甘い声が必要だったのです。
これは、これから後も大きなキーポイントになって行きます。

次は、順番から行くと「明日は来るから」ですが
この年の暮れに出演したKBSの「2005.ONE Christmas song」の映像を見たいと思います。
彼が本格的に日本で歌いだして8ヶ月、2004年のChristmas songの映像とどれぐらい声が変わっているか楽しみに見たいと思います。

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2011年7月4日(アメブロの旧サイトにて初掲載)



【2017年6月16日 review 追記】

この歌を歌った頃のジェジュンは、10代の終わりです。まだまだ少年の頃の透明感の溢れる声です。濃厚さはどこにもありません。低音部に関わらず、響きが健在なのは、ちょうど彼の地声の一番出しやすい音域にメロディーラインが嵌っているからです。
しかし、このように聴き直してみると、5人の中で、彼だけが確実に歌手として進歩したのがよくわかります。
それは、声質だけでなく、歌そのものが大きく変わっている。表現方法が全く違うことがわかります。
このように、一人の歌手が、確実に進歩していくのを過去の歌から追体験出来るのは、大きな楽しみでもあります。
声質や表現方法が大きく変わったのに対し、デビュー当時から変わらないことがあります。
それは、歌に対する姿勢です。
彼の歌は、アーティストとして音楽に寄り添い、決して、音楽を自分の方に引き寄せ、ねじ伏せる、という歌い方をしません。
これは、平井堅や布施明、小田和正などにも共通するスタンスで、どんな音楽に対しても、その音楽を理解し、寄り添う歌い方をします。それに対し、自分を押しつけ、音楽をねじ伏せ、どんな音楽も自分の色に塗りかえる歌手もいます。
そのような歌手は、結局、音楽の大きなしっぺ返しを受ける。
結局、何を歌っても同じにしか聴こえない。それは、いつも自分を押しつけるからです。
彼の音楽に対するスタンスは、何年経っても変わりません。
いつも真摯に音楽に向き合い、時には遠慮過ぎると感じるほど、慎重に音楽との距離を詰めていきます。
彼の歌が、どんなジャンルも歌いこなし、どんな色合いの声も出せるのは、音楽に寄り添い、その音楽にあった歌声を表現しようとするからです。
音楽を深く理解しようとする時、自ずとその音楽に適した歌い方と歌声を表現しようとするのは、歌手として、そのようなスタンスを持ち続けているからに他なりません。
その片鱗が、既に、この一曲に現れていると言えます。