Review vol.19 「Begin」

※reviewの加筆文は、最後に書いています。



Vocal review vol.19 「Begin」
2006.6.21 6th Single
作詞 小山内舞
作曲 JIN NAKAMURA



この曲はとても懐かしい曲ですね。
彼が日本へ来て、日本語の歌を歌うようになって 6曲目の歌です。
そして、彼が初めてメインパートを沢山、歌っています。
彼がメインの長いフレーズ歌う事によって、「東方神起」の音色が今までのハスキーで直線的な調べから、ソフトで曲線的な流れに変わりました.

それまで、彼は少しずつですが、長いフレーズを歌わせてもらえるようになっていました。
彼の初期の声の特徴である「透明感」と「少しハスキーな声質」の特徴がよく出ています。
また、初期の歌い方である「地声」で歌っているにも関わらず、伸びやかな歌唱を披露しています。
これは、この歌の音域ラインが彼のヴォイスチェンジにひっかからない、ちょうどいい音域で展開されているためだと思います。

発声的には、上あごの部分にとても声がよく当たっています。
喉の奥がとてもよく開いた状態なので、綺麗に声が伸びますね。
彼の初期の歌唱の代表曲です。


彼の歌唱は、最初出てきません。
今まで多くの曲が彼の歌唱から始まりましたが、この曲は、サビの部分まで全く歌いません。

曲の構成として、他のメンバーが歌い終わり、満を持して登場するのが彼の「everyday…」
に始まる歌唱です。
その後は、彼のソロがずっと続きます。

この曲で彼の歌唱力がベールを脱ぎます。

いつも思いますが、この人は持って生まれた伸びやかな声とは別に、独特の音楽感を持っています。
それは、曲の持つ雰囲気に自分の声も歌唱方法も見事に合わせてくる点です。
今でこそ、「七色の声」などと言われたりしますが、この当時の彼の声には、そこまでの多くの色は持っていません。
しかし、曲が描こうとする世界の雰囲気を壊さず、歌唱によってその世界を見事に具現する力は、この当時から非凡なものが感じられます。

私が、彼に惹かれた一番の理由は、「彼の声」でも「彼の容姿」でもありません。
「彼の持つ音楽センス」でした。
彼のようなタイプの声の持ち主の歌手は、確かに私の好みです。
何人か、同じようなタイプの声の歌手を私は好みます。
けれども、その誰もが彼ほどの曲に対する世界観を持ちません。

彼が他の歌手に比べて抜きんでて秀でている部分は此処です。

曲の持つ雰囲気、曲の持つ世界…
それを見事に歌い切ります。
決して、それは、彼の世界観ではありません。
曲の持つ世界観の具現です。

多くの歌手…特に美声を持ち、歌唱力を売り物にする歌手は、えてして「何を歌っても同じ」に
聞こえる…○○節…という経験はありませんか?

美声の持ち主は、自分の声の特徴を往々にして披露しすぎるきらいがあります。
その為、どの曲を歌っても同じように聞こえるという危険を常にはらんでいます。

しかし、彼の歌唱には、そういう所がありません。
それは、彼の歌唱には「自分を押し付ける」という所が全くないからです。

彼の歌唱は非常に「しなやか」です。
どんな曲にも馴染む天性の「素直さ」が溢れています。

曲の歌い出し、フレーズの途中からメンバーの歌唱を引き継ぐときに特にその特性が顕著に現れます。
メンバーが歌ってきた雰囲気を決して壊すことなく、それでいて、自分が歌っている間に見事に自分の色に塗り替えていきます。

その為、多くの曲の中で彼の歌唱だけが、印象に残るのです。

決して「自分を押し付けない」
決して「自分を主張しない」

それでいて、歌い終わった後は、見事に彼の音色に塗り替えられている…

そういう歌手を私は知りません。


この彼の天性の音楽性と歌手としての才能に強く私は惹かれ続けるのです。

だから、彼のソロ曲をどれだけ、連続で聞いても決して飽きないのです。


この「Begin」は、彼の初期の地声による発声の完成された歌唱曲です。

「Begin」を歌うために彼は、大きく口を開け、口蓋を大きく広げる発声に行きつきました。

おそらく、日本語の発音と歌詞のことばに原因があります。

歌詞に母音の「エ」音や「ア」音、また「オ」音という縦に広げる言葉が多用されていました。
そして、その母音で長く伸ばすメロディー展開になっていました。
そのために、彼の口は、自然と縦横に広く開き、口蓋も自然と上に上がる状態になりました。

その結果、この曲での歌唱は、地声なのに見事に声のポジションが上に当たっているのです。

地声なのにハスキーさは、殆んど消え、伸びやかな発声になったのは、これらの原因にありました。


彼の歌唱方法は、この後、大きく変化していきます。

この曲が彼の歌手としてもターニングポイントです。

後日、彼が「それまでは、どうやって声を出して歌ったらいいのかわからなかった。Beginを歌って少し、歌い方がわかった」と話しています。

彼は、この曲で歌手として最初の開眼をしました。

彼は、この曲で身につけた感覚…「口蓋を柔らかくして発声する」という
歌手として最も重要なテクニックを感覚として獲得したと思います。




begin2.jpg
2012年2月23日(アメブロの旧サイトにて初掲載)



【2017年7月7日 review 追記】

この曲のreviewを5年前に書いた時、書くべき事はすべて書き尽くしてしまいました。彼は、この曲を2014年12月のJYJichigoコンで5年ぶりに歌いました。
あのとき、彼の中に笑顔はなかった。
多くのファンが喜びましたが、私は彼の中の苦悩を感じました。
彼は、決して東方神起時代の歌を歌おうとしなかった。
「ファンの人のイメージを壊したくない」
それは、彼が彼自身に課した不文律のようなものに感じます。
その戒めを破ってまで、歌わなければならなかったことに彼の苦悩を感じました。ですから、5年ぶりに聞いた彼の「Begin」は、とても物悲しい歌声でした。
あのとき、ずいぶん話題になったのが、5年ぶりに歌った彼の歌声もパフォーマンスも5年前と寸分違わない、という事でした。
4thのコンサートでの歌とichigoコンでの歌の彼の部分を並べて同時に歌わせると、全く同じ歌声とパフォーマンスになるというものでした。
多くの歌手は、歌うたびに微妙に歌い方やパフォーマンスが変わる。けれども彼の場合は、全く変わらない、ということが多いです。それは、それだけ彼の中でその歌を完全に消化しきっているということであり、徹底した練習によって、いつ、どんな場合でも同じパフォーマンスと歌い方が出来る。そういう卓越した力を持つ歌手であり、その力の陰には多くの彼の努力が潜むということの顕れでもあります。
ただ、この曲を初めて歌った時と5年ぶりに歌った時とでは、声の出し方に決定的な違いがあるのです。発売当時の彼の歌声は、地声であり、5年ぶりに歌った時は、頭声です。にもかかわらず、彼の歌い方は全くぶれません。これは、声のだし方が違うだけであって、彼の中では、歌い方が確立されているからです。また、この曲は元々、日本語の歌であって、それを声の出し方を変え、数年ぶりに歌っても、曲に対するパフォーマンスは変わらない、ということになります。これが、日本ツアーで披露した「One Kiss」を始めとする5曲の韓国語の歌を日本語で歌った場合と全く異なる点でもあります。
韓国語の歌詞で歌う場合と、日本語の歌詞で歌う場合において、彼は、声の出し方も曲の解釈も変えています。それによって、同じ曲でありながら、全く印象が変わってくるのです。

彼の日本語の曲は、宝石のように彼の歌声を輝かせる。
それが、地声であっても、変わらなかった頃の歌声です。
この後の曲から、彼の歌声は、明らかに頭声へと変化していきます。
地声の歌声の最後の曲とも言える1曲です。

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