Review Vol.14「The first noel & One」

※reviewの加筆文は、最後に書いています。



Vocal Review Vol.14
「The first noel & One」            
2005.12月 KBS放送


この映像は、2005年12月にKBSの音楽番組に出演した時の映像です。

最初の曲は、Cristmas songの「The first noel」です。

曲の始まりで少し不安そうな顔で大きな瞳をクリクリさせているJJがとても愛らしいですね^^

この曲も彼の歌い出しから始まります。


曲の歌い出しというのは、とても難しくその歌い出しで曲のすべてが決まるというぐらい重要な部分です。
私達歌い手は、歌い出しにとても神経を使います。
歌い出しのポジションや発声のラインを間違えると1フレーズは修正することが出来ません。
それくらい、一度出した声はもとに戻すことが出来ないのです。
それぐらい重要な役割です。


私は、彼のこの歌い出しがとても好きです。
彼は、その曲によって歌い出しの声の表情を変えます。

彼の歌い出しの声でこの曲がどのような曲なのかわかると言えるほど、その曲の持つ雰囲気を的確に伝えた歌い方をします。

特にイントロから歌い始めに引き継ぐところ…
その部分の歌い出しは、彼が絶品だと思います。

それは、イントロが奏でる曲の雰囲気、音楽を絶対に壊さず受け取るからです。


彼の歌い出しには、どんな曲でもイントロの雰囲気をそのまま受け取って自然に歌へと引き継いでいく力があります。

イントロ部分が作ってきた曲の音楽性…
それを見事に受け継いで歌う歌い出しは、彼の独特の才能としか言いようがありません。

これは、曲の途中でも同じです。

誰かのソロの後を引き継ぐとき…
みんなで歌った後、ソロで歌い継ぐとき…

前者が作ってきた音楽、奏でる雰囲気を壊さず、見事に引き継ぎます。
決して、自分のソロだからと言って自己主張しすぎて、それまで作ってきた曲の雰囲気を一気に壊してしまうような歌い方は決してしません。

それなのに彼がソロで歌いだすと、見事に彼の色に歌が染まって行きます。

そういう歌い方をする彼の歌が私は大好きです。


この特異な才能は、この映像にも見事に現れています。

「One」の歌い出しも、途中のソロ部分も見事に彼の色に染まって行きます。
それでも決して、大声でがなったりするような歌い方はしていません。


少し声が伸びやかになりました。
2004年には厳しかった高音部分が伸びるようになりました。

彼の初期の頃の特徴である透明感のあるハスキーさは少し影をひそめましたが、まだまだ後に歌い方を変えて現れるソフトな声とは違って、音域による彼のもともとも柔らかな声が主体です。

日本活動を本格的に始めて8ヶ月、やっと日本語の発声に慣れてきた頃だと思います。


彼は、言語によって発生ポジションを変えるタイプなのでこのように韓国語と日本語を歌い分けるのは結構大変な作業のように思います。
おそらく日本語の歌の時には相当練習を積んで発声ポジションを安定させているはずです。

映像の歌は韓国語ですから、日本語のポジションよりも後ろ側になります。
そのため、ハスキーになりがちで、喉で歌いやすくなります。
あっちこっちにポジションを取るので彼の中では、かなり歌いにくい時期ではなかったかな~と思います。

そして息継ぎのノイズ音が目立ちます。
これは、日本語の練習で口が大きく開いて自由に口周りの筋肉を動かせるようになったのに身体を使って歌う事を覚えていないため浅い息しか入らないのです。
腹筋と背筋の使い方が出来ていません。
それなのに声だけは随分自由に大きく出るようになったのでバランスが崩れてしまっていますね 笑

しばらく日本活動も続くのですが、彼のノイズ音はこのままの状態になります。

いつまで続くかな~ 笑


こうやって、彼のVocalの軌跡を辿る旅はとても楽しいです。

私にとっては、彼のその時その時の歌の一つ一つがとても愛らしく宝石のようにかけがえのないものです。

彼のVocalReviewを書く作業はとても楽しい作業です。

このような機会を与えて下さった彼と皆さんに感謝しています。


2011年7月4日(アメブロの旧サイトにて初掲載)



【2017年6月19日 review 追記】

この歌を6年ぶりに聴きました。
この頃のジェジュンの歌声は、よくいえば透明感に溢れている。悪く言えば息漏れしている。という感じがします。
息漏れが酷いのは、本文にもあるように、日本語の歌を歌い始めたからですね。ちょうど発声について試行錯誤が始まった頃。
彼の中では、日本語を正しく綺麗に発音しようとすると、発声ポジションを韓国語の歌と変えなくてはならず、上手くバランスが取れない時期です。

言語によって、発声ポジションが変わるのは、私達クラシックの人間の世界ではごく当たり前のことです。クラシックでは、イタリア語、ドイツ語が主流で、あとフランス語も英語も歌います。もちろん、日本語も歌います。
その度に、微妙に発声ポジションをその言語に適した位置に変えるのは、当たり前で、正確な発音を心がけると自然とそのようになります。
それは、ポップスで、日本語の歌詞の中に英語が出てくれば自ずと、発音が変わるために声の響きが変わるのと同じで、彼の場合、韓国語を歌っていたところに、全く発音の違う日本語を歌うことになったのですから、当たり前と言えば当たり前なのです。
ただ、その当たり前のことが出来ない人が殆どです。
発音は正確にしても、その言語が綺麗に聞こえる響きまで身につける人は少ないと言えます。

彼は、骨格が、日本人の口元と顎の形に似通っています。即ち、顔の骨格が韓国人の特徴よりは、どちらかと言えば日本人に近い。その為に、声の響きも日本人の声に似たものになります。
その為、元々の地声が、韓国人にしては、柔らかく、ハスキーでない響きを持ちます。

この歌は、ちょうど彼の地声の最も安定した中音域の為に、苦労しないで、自然な発声で歌えているのがよくわかります。

彼が日本語の歌に出会わなければ、ハッキリ言って、今の歌声もパフォーマンスもありません。高音部も今ほどの伸びは持っていないごく普通の歌手になっていたでしょう。

彼自身が、日本語の歌にこだわるのは、自分の歌が何によって影響され、大きく変化したかを知っているからです。そして、それは、韓国に戻り、韓国語の歌を歌うたびに彼自身が身体で感じることでもあります。

今年の日本ツアーで、7年ぶりにオリジナルの日本語曲を歌っても、かつての透明感の溢れる綺麗な響きの歌声が健在だったのは、彼自身の身体の中に日本語の歌が刻み込まれている証拠に他なりません。
だから、日本語の歌を歌えば、彼の歌声は、ガラっと変わる。

そして、その歌声に彼自身が一番もこだわっているのかもしれません。

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