Review vol.15「明日は来るから」

※reviewの加筆文は、最後に書いています。



Vocal review vol.15 「明日は来るから」
4th Single  2006.3.8発売
作詞 TAKESHI SENOO MAI OSANAI
作曲 TAKESHI SENOO


私がVocal reviewを書く理由は、もちろん、多くの方にKim・Jaejoongという歌手の事を知って貰いたい事。
彼のVocalを正しく評価してほしい事。
そして、何よりも彼という歌手が歩いてきた軌跡を記録に残したいからです。

彼のVocalに関してはいろいろな見方があると思います。
でも、少なくとも長い時間、音楽の世界で仕事してきた人間としての私の視点は、fanとして偏ったものではないと思っています。

彼ほど歌唱力と歌唱方法が変化した歌手を私は知りません。
そして、彼の歌唱を聴いて思ったことは、
彼が今後も歌手として進化し続けるだろうという事です。

彼が人間として進化し続ける限り、歌手Kim・Jaejoongは進化し続けます。
それだけは、両国と釜山を聞いて確信したことの一つでした。
また、機会を設けて書きますね。


さて、ちょっと脱線してしまいました。

「明日が来るから」です。

これは、日本活動が始まって約1年が経った頃の曲になります。
日本語の発音にも慣れてきた頃ですね。

歌手は、話せなくてもその言語を歌う事は出来ます。
歌詞に使われる言葉は限られていますから、くり返し練習することで正しい発音を身につけていきます。
もともと母国語の発音に癖のなかった彼は、日本語の発音も実に明瞭です。


この曲はかなり低音域から始まります。
曲自体の音域が「東方神起」時代は、今より約3度ほど低くなります。
これは、構成しているmemberの音域が低いのが原因です。
メロディーラインを彼の得意とする中高音域に設定すると当時のmemberの構成では、ハーモニーを作る事に困難を伴いました。
彼の声の上部のハーモニーを作る事が難しかったのです。
ですから、どうしても彼の得意とする音域よりは少し低めになっていました。


完璧主義の彼は、おそらく低音域で自分の声がノイズ音ばかりになるのが嫌だったと思います。
そこで声にブレス(息)を混ぜて響きを作り出す方法を考え出しました。
考え出した…というのは、おそらくこの頃には、もう個人的に多くのレッスンを受ける事はなかったと思うからです。
日本と韓国の2つの国で仕事をこなしながら新曲を覚えていくのですから、殆んど時間的に個人レッスンに通っている時間はなかったと思います。
それなのに、あきらかにこの曲で彼は低音域を歌う方法を今までと変えてきました。
今までは、地声を使っていました。
ですから少しハスキー気味な声です。
ところがこの曲の低音域を歌う彼の声は、地声ではなく明らかに頭声なのです。


頭声というのは、女性でいう裏声に当たります。
男性の裏声にファルセットヴォイスというのがありますが、ファルセットは、もっと柔らかく響きを抜いた声になります。

彼のこの曲で使っている低音域の声は、ブレスを混ぜた頭声の響きをしています。
ですから、あんなに低音域であっても言葉が明確に聞こえるのです。

そのかわり、息継ぎ音、いわゆるブレス音が聞こえていますね。

これは、結構、現在の彼の歌唱にも存在しています。


息継ぎ音が聞こえる大きな原因に身体が使えていない…という点があります。
腹筋を使わずに喉だけで歌う時、ブレスを混ぜて歌うとこういう声になりがちです。

クラシックでは、息継ぎ音が聞こえる事は、基本的には徹底して直します。
直した上で、感情の高ぶりなどを表現するときにテクニックの一つとして使います。

ただ、この頃の彼には、まだテクニックとしてこれを使う事は出来なかったと思います。


この曲は、JSの曲と言われていますが、よく聞くと結構、彼がリードヴォーカルを取って歌っている部分が多いです。
彼のどんな音域にも対応するソフトな声の響きが、この曲のハーモニーに幅を与えている事だけは確かな事です。


この後、彼の声も歌唱もどんどん変化していきます。

とても楽しみですね。


2011年7月4日(アメブロの旧サイトにて初掲載)




【2017年6月23日 review 追記】

この曲は、ジュンスの曲として有名です。確かにジュンスがメインヴォーカルを取っていて、全体的な印象はジュンスの歌声に彩られています。ジェジュンはあくまでもリードヴォーカルの役目を担っているのですが、この曲は、彼が低音域を出すのに、今までの地声ではなく、柔らかい声を使い始めた曲でもあります。
余りに低音域のために、地声で歌うと声にならなかったのかもしれません。それで息を混ぜて歌う方法を指導されたように思います。
息を混ぜて歌う。
これが簡単なようで実は大変難しいものでもあります。
息を混ぜすぎると息漏れの酷い声になり、混ぜ方が少ないと地声になってしまいます。
低い音域を歌うために、初めて、頭声の発声で歌ってみた、という感じなのかもしれません。
6年前のreviewには、頭声で歌っている、個人レッスンを受けていないように思う、と書いていますが、あらためて今聴き直し、彼の発言などを思い起こすと、この頃から、逆にレッスンが始まったように感じます。

「日本人の好みの歌声に作り替えるのに、1年半かかった」

次々、新曲をこなし、過密なスケジュールをこなしながらのレッスンですから、容易ではなかったと想像出来ます。
その努力の成果が現れ、今の歌声の基礎としてはっきり歌に現れてくるのが、「Step by Step」です。
それまで数曲ありますが、次の「Begin」は、明らかに地声で歌っていますので、まだほんの少しレッスンが始まった頃、という感じなのでしょう。

いずれにしても、彼のその努力がなければ、今の彼の歌声はありません。そして、日本語に出会わなければ、決して手に入れられなかった歌声でもあります。

この曲では、今の彼の歌声の片鱗を低音部に聴くことが出来ます。
これからしばらくは、頭声と地声を行ったり来たり。
なかなか新しい声を安定して出すというのには、時間がかかると思います。

歌手として、「歌声を変えろ」と言われても、なかなか簡単に出来るものではありません。ましてや、既に何年も歌い続け、デビューしてしまっているのです。自分の歌声にファンがイメージを抱いているのも知っていて、その声を変えるのには、勇気がいります。さらに「日本人好みの歌声」に作り替えるというのは、韓国人であり、韓国語の歌も歌う彼にとっては、不安も伴ったかもしれません。そういう中で、彼が、歌声を作り替えたことに同じ音楽人として、心から尊敬します。
その姿勢は、私達のように音楽を勉強する人間と同じもので、彼が真摯に音楽というものに向き合う人なのだということを現している大きなエピソードです。

この曲以降、徐々に彼の歌声が占める割合が増えてくる曲が多くなります。
彼が完全にメインヴォーカルのポジションに着くまでの間、彼の歌声が完全に頭声に転換されるのと比例しての期間になり、その経過を歌から知ることが出来ます。
スポンサーサイト

Review Vol.14「The first noel & One」

※reviewの加筆文は、最後に書いています。



Vocal Review Vol.14
「The first noel & One」            
2005.12月 KBS放送


この映像は、2005年12月にKBSの音楽番組に出演した時の映像です。

最初の曲は、Cristmas songの「The first noel」です。

曲の始まりで少し不安そうな顔で大きな瞳をクリクリさせているJJがとても愛らしいですね^^

この曲も彼の歌い出しから始まります。


曲の歌い出しというのは、とても難しくその歌い出しで曲のすべてが決まるというぐらい重要な部分です。
私達歌い手は、歌い出しにとても神経を使います。
歌い出しのポジションや発声のラインを間違えると1フレーズは修正することが出来ません。
それくらい、一度出した声はもとに戻すことが出来ないのです。
それぐらい重要な役割です。


私は、彼のこの歌い出しがとても好きです。
彼は、その曲によって歌い出しの声の表情を変えます。

彼の歌い出しの声でこの曲がどのような曲なのかわかると言えるほど、その曲の持つ雰囲気を的確に伝えた歌い方をします。

特にイントロから歌い始めに引き継ぐところ…
その部分の歌い出しは、彼が絶品だと思います。

それは、イントロが奏でる曲の雰囲気、音楽を絶対に壊さず受け取るからです。


彼の歌い出しには、どんな曲でもイントロの雰囲気をそのまま受け取って自然に歌へと引き継いでいく力があります。

イントロ部分が作ってきた曲の音楽性…
それを見事に受け継いで歌う歌い出しは、彼の独特の才能としか言いようがありません。

これは、曲の途中でも同じです。

誰かのソロの後を引き継ぐとき…
みんなで歌った後、ソロで歌い継ぐとき…

前者が作ってきた音楽、奏でる雰囲気を壊さず、見事に引き継ぎます。
決して、自分のソロだからと言って自己主張しすぎて、それまで作ってきた曲の雰囲気を一気に壊してしまうような歌い方は決してしません。

それなのに彼がソロで歌いだすと、見事に彼の色に歌が染まって行きます。

そういう歌い方をする彼の歌が私は大好きです。


この特異な才能は、この映像にも見事に現れています。

「One」の歌い出しも、途中のソロ部分も見事に彼の色に染まって行きます。
それでも決して、大声でがなったりするような歌い方はしていません。


少し声が伸びやかになりました。
2004年には厳しかった高音部分が伸びるようになりました。

彼の初期の頃の特徴である透明感のあるハスキーさは少し影をひそめましたが、まだまだ後に歌い方を変えて現れるソフトな声とは違って、音域による彼のもともとも柔らかな声が主体です。

日本活動を本格的に始めて8ヶ月、やっと日本語の発声に慣れてきた頃だと思います。


彼は、言語によって発生ポジションを変えるタイプなのでこのように韓国語と日本語を歌い分けるのは結構大変な作業のように思います。
おそらく日本語の歌の時には相当練習を積んで発声ポジションを安定させているはずです。

映像の歌は韓国語ですから、日本語のポジションよりも後ろ側になります。
そのため、ハスキーになりがちで、喉で歌いやすくなります。
あっちこっちにポジションを取るので彼の中では、かなり歌いにくい時期ではなかったかな~と思います。

そして息継ぎのノイズ音が目立ちます。
これは、日本語の練習で口が大きく開いて自由に口周りの筋肉を動かせるようになったのに身体を使って歌う事を覚えていないため浅い息しか入らないのです。
腹筋と背筋の使い方が出来ていません。
それなのに声だけは随分自由に大きく出るようになったのでバランスが崩れてしまっていますね 笑

しばらく日本活動も続くのですが、彼のノイズ音はこのままの状態になります。

いつまで続くかな~ 笑


こうやって、彼のVocalの軌跡を辿る旅はとても楽しいです。

私にとっては、彼のその時その時の歌の一つ一つがとても愛らしく宝石のようにかけがえのないものです。

彼のVocalReviewを書く作業はとても楽しい作業です。

このような機会を与えて下さった彼と皆さんに感謝しています。


2011年7月4日(アメブロの旧サイトにて初掲載)



【2017年6月19日 review 追記】

この歌を6年ぶりに聴きました。
この頃のジェジュンの歌声は、よくいえば透明感に溢れている。悪く言えば息漏れしている。という感じがします。
息漏れが酷いのは、本文にもあるように、日本語の歌を歌い始めたからですね。ちょうど発声について試行錯誤が始まった頃。
彼の中では、日本語を正しく綺麗に発音しようとすると、発声ポジションを韓国語の歌と変えなくてはならず、上手くバランスが取れない時期です。

言語によって、発声ポジションが変わるのは、私達クラシックの人間の世界ではごく当たり前のことです。クラシックでは、イタリア語、ドイツ語が主流で、あとフランス語も英語も歌います。もちろん、日本語も歌います。
その度に、微妙に発声ポジションをその言語に適した位置に変えるのは、当たり前で、正確な発音を心がけると自然とそのようになります。
それは、ポップスで、日本語の歌詞の中に英語が出てくれば自ずと、発音が変わるために声の響きが変わるのと同じで、彼の場合、韓国語を歌っていたところに、全く発音の違う日本語を歌うことになったのですから、当たり前と言えば当たり前なのです。
ただ、その当たり前のことが出来ない人が殆どです。
発音は正確にしても、その言語が綺麗に聞こえる響きまで身につける人は少ないと言えます。

彼は、骨格が、日本人の口元と顎の形に似通っています。即ち、顔の骨格が韓国人の特徴よりは、どちらかと言えば日本人に近い。その為に、声の響きも日本人の声に似たものになります。
その為、元々の地声が、韓国人にしては、柔らかく、ハスキーでない響きを持ちます。

この歌は、ちょうど彼の地声の最も安定した中音域の為に、苦労しないで、自然な発声で歌えているのがよくわかります。

彼が日本語の歌に出会わなければ、ハッキリ言って、今の歌声もパフォーマンスもありません。高音部も今ほどの伸びは持っていないごく普通の歌手になっていたでしょう。

彼自身が、日本語の歌にこだわるのは、自分の歌が何によって影響され、大きく変化したかを知っているからです。そして、それは、韓国に戻り、韓国語の歌を歌うたびに彼自身が身体で感じることでもあります。

今年の日本ツアーで、7年ぶりにオリジナルの日本語曲を歌っても、かつての透明感の溢れる綺麗な響きの歌声が健在だったのは、彼自身の身体の中に日本語の歌が刻み込まれている証拠に他なりません。
だから、日本語の歌を歌えば、彼の歌声は、ガラっと変わる。

そして、その歌声に彼自身が一番もこだわっているのかもしれません。

Review Vol.13 「My Destiny」

※reviewの加筆文は、最後に書いています。



Vocal review Vol.13 「My Destiny」
2005.11.2 3rd single発売
作詞 MAI OSANAI
作曲 KEI HANEOKA



今回は3rd single「My Destiny」の登場です。

この曲でやっとJJはまともに歌っていますね~ 笑

前2曲と曲の雰囲気も変わりました。

彼は出だしとサビを担当しています。
今までと違ってかなり歌っています。

彼の持ち味であるソフトな出だしで始まるこの曲のメロディーラインはかなり低めで皆、とても苦労していますね。
元来、彼のように中高音から高音にかけて綺麗に響くタイプの声を持つ人は、このように低い音域を歌うと響きが抜けてしまって殆んどノイズ音になるのが特徴です。
ところが彼の場合、出だしの低い音でも見事に響きを当てて綺麗に歌っています。

彼のこのような発声を聞くとき、私はいつも不思議に思うのです。
何故、クラシックの発声を勉強していない彼がこのような発声をすることが出来るのか…
彼にもし出会えたら、聞いてみたいですね…どうやって身につけたのか…

多くの歌手はとてもこの低音域の発声を身につけるのに苦労します。
特に彼のように高音に響きの中心があるタイプは、このような低音域ではほとんどが響きません。
ところが、彼は何とか響かせています。

まだ、身体も使えてないし声も成熟していません。
ですから綺麗な響きではあるけれど、芯のあるしっかりとした声ではないですね。
細くソフトで綺麗な響きの声です。
そして何の癖もない声です。

この癖がない声というのは、今現在も全く変わりません。
これは、彼の口の開け方に大きく秘密が隠されています。

「JJの口の開け方が最初の頃と最近とでは違うように思う」とコメント頂いたことがあるのですが、確かにPVを見ると韓国での最初の1年間のPVでのJJの口の開け方は今と全然違います。
一つは、余り大きく喉の奥を開けていないですね。
そしてまだ唇や周りの筋肉、顎に歌う時に余分な力が入っているため、PVの映像撮影の時には、コンサートの時ほど真剣には歌っていなかったでしょうから益々作ったような口元になっています。

それがこの「My Destiny」では随分改善されていますね。
これには、原因があります。

これは、日本語の発音に大きな原因があります。
彼がその言語を正確に発音しようと努力するタイプだという事は何度もお話ししていると思うのですが、日本語の曲も3曲目で、さらにこの曲では彼は多くの箇所を歌っています。
日本語の発音を正確にしようと心がけた結果、大きく口を開けないといけなくなりました。

日本語の母音、「あ、い、う、え、お」の中で横に大きく広げる母音はあるでしょうか?
韓国語のように大きく横に広げる発音はありません。
すなわち日本語の発音は、横に広げなくても「い」も「え」も発音出来てしまうのです。
その代り、縦に大きく開かないと「あ、お」は発音が曖昧になります。
また、「う」の発音に関しては口を前に突き出して発音しなければ、歌では言葉が曖昧になってしまいますね。

そういう日本語の特色をしっかり正確に発音しようとした結果、彼の口の開きは変わりました。
この曲では、まだ少し縦の開きが十分ではありませんが、PVを撮影するときには真剣に歌っていると思われます。それでこの曲では随分口の開きも変わってきました。これからどんどん開いていきます。
そしてそれと同時に彼の声も変化してきます。

また、この曲は初めてのバラード曲でした。
これまでの2曲がダンスナンバーだったのに比べ、初めてのバラード曲で、バラードを歌うにはどうしてもJJの感性と甘い声が必要だったのです。
これは、これから後も大きなキーポイントになって行きます。

次は、順番から行くと「明日は来るから」ですが
この年の暮れに出演したKBSの「2005.ONE Christmas song」の映像を見たいと思います。
彼が本格的に日本で歌いだして8ヶ月、2004年のChristmas songの映像とどれぐらい声が変わっているか楽しみに見たいと思います。

blog_import_5385ca7da4a90.jpg
2011年7月4日(アメブロの旧サイトにて初掲載)



【2017年6月16日 review 追記】

この歌を歌った頃のジェジュンは、10代の終わりです。まだまだ少年の頃の透明感の溢れる声です。濃厚さはどこにもありません。低音部に関わらず、響きが健在なのは、ちょうど彼の地声の一番出しやすい音域にメロディーラインが嵌っているからです。
しかし、このように聴き直してみると、5人の中で、彼だけが確実に歌手として進歩したのがよくわかります。
それは、声質だけでなく、歌そのものが大きく変わっている。表現方法が全く違うことがわかります。
このように、一人の歌手が、確実に進歩していくのを過去の歌から追体験出来るのは、大きな楽しみでもあります。
声質や表現方法が大きく変わったのに対し、デビュー当時から変わらないことがあります。
それは、歌に対する姿勢です。
彼の歌は、アーティストとして音楽に寄り添い、決して、音楽を自分の方に引き寄せ、ねじ伏せる、という歌い方をしません。
これは、平井堅や布施明、小田和正などにも共通するスタンスで、どんな音楽に対しても、その音楽を理解し、寄り添う歌い方をします。それに対し、自分を押しつけ、音楽をねじ伏せ、どんな音楽も自分の色に塗りかえる歌手もいます。
そのような歌手は、結局、音楽の大きなしっぺ返しを受ける。
結局、何を歌っても同じにしか聴こえない。それは、いつも自分を押しつけるからです。
彼の音楽に対するスタンスは、何年経っても変わりません。
いつも真摯に音楽に向き合い、時には遠慮過ぎると感じるほど、慎重に音楽との距離を詰めていきます。
彼の歌が、どんなジャンルも歌いこなし、どんな色合いの声も出せるのは、音楽に寄り添い、その音楽にあった歌声を表現しようとするからです。
音楽を深く理解しようとする時、自ずとその音楽に適した歌い方と歌声を表現しようとするのは、歌手として、そのようなスタンスを持ち続けているからに他なりません。
その片鱗が、既に、この一曲に現れていると言えます。

Review Vol.12「Rising Sun」

※reviewの加筆文は、最後に書いています。



Vocal review Vol.12
「Rising Sun」
2005.9.12発売 「第2集 Rising Sun」収録
作詞・作曲 Yoo Youngjin


今回は、韓国へ戻ります。
日本でも発売されていて馴染みの多い曲ですが、韓国が先でした。
そして、この曲は韓国ではsingleリリースされていません。
…にも拘らず、高い人気を誇る曲ですね。激しいダンスナンバーとして有名です。

発売日は、2005年9月12日。
ファン歴の長い方ならお分かりと思いますが、JJが膝に大怪我をしたのが9月6日、この2集の振り付け収録中でした。


ダンスナンバーという事もあり、またパンチの利いた曲という事もあって、今回もJJは2ケ所でしかソロを取っていませんね。
けれども高音の伸びのある声の片鱗は垣間見えています。
パンチの利いた声質の中でソフトで伸びのある響きで存在感を示しています。

この頃のJJの声の特色であるハスキーさと水のような透明感が若干消え、その後現れるミルキーな濃厚な響きがところどころに顔を出します。
彼の声がまだまだ成長途中であり、これからどんどん発展していく可能性と方向性を示唆する一曲だと思います。

この後、日本では2006年4月にこの曲が日本語で発売されます。
その頃には、JJの声ももう少し濃厚さを増した大人の声に変わってきています。
聞き比べると彼の声の変化がよくわかります。



というわけで、私のVocal Reviewも余り書く事がないんです
いつになったら彼の歌についていっぱい書けるのかな~~~

次は、再び日本へ帰ります。「My Destiny」

$Kim・Jaejoong Vocal Review
2011年7月4日(アメブロの旧サイトにて初掲載)




【2017年6月12日 review 追記】

若い頃のジェジュンの歌声が聴こえます。
この曲もまだ頭声に発声を変える前の地声です。
この頃は、本当に彼は歌っていません。
彼のように地声であっても、ソフトヴォイスな歌声は、この曲のようにハードでエネルギッシュな曲の場合、声が消えがちになっていました。
しかし、今、どうでしょう。
彼は、パンチの効いたロックの曲を堂々と歌っています。
それぐらい、彼の歌声は、成長し、成熟したということです。

よく頭声にすると、パンチが効かないとか、目立たないという理由で、地声の方がロックに向いているように言う人がいますが、これは、正しくありません。
きちんとした発声をしていれば、どのような曲にも対応でき、どのような声も出すことが出来ます。
即ち、バラードやR&Bから、ロックまで。
ありとあらゆるジャンルの曲に対応出来る歌声を持つことが出来ます。

これほど歌えなかった、歌わせてもらえなかった彼が、メインヴォーカルを取り、東方神起の歌声は、彼の歌声と言われるほどの歌手になっていくのです。

努力するということ。
それが、彼の歌声もひいては人生も変えていくことになる。

まだまだ、彼の歌声は、混迷を極めています。
彼自身が、「どうやって声を出したらいいのかわからない」というほど、この頃の彼は、歌手としては余りにも未熟で、何のテクニックも持っていない。
ただ、唯一、彼の武器は、「素直なクセのない発声」と「謙虚で努力する心」です。
この2つが、歌手として、どれほど大切な要素なのか、ということの答が、この曲以降の彼の足取りの中に顕れてきます。

2つめに貼り付けた日本の動画の時点で、彼はすっかり新しい歌声を身に付けています。
聴き比べるとよくわかる一曲です。

Review vol.11 「Somebody To Love」

※reviewの加筆文は、最後に書いています。



Vocal Review vol.11
「Somebody To Love」
2005.7.13 2nd Single発売

作詞 YOSHIMITSU SAWAMOTO MAI OSANAI
作曲 KEI HANEOKA


2nd Single 「Somebody To Love」の登場です。

夏の曲が何曲かありますが、その最初の曲ですね。

私はJJペン。

このReviewは、彼の為に書いています。
もし、これが東方神起の為に書いていたなら、また違った書き方が出来たのでしょうが、その気持ちがないので…。
デビュー曲もそうでしたけど、この曲もつまらないですね。

曲としては、デビュー曲よりいいと思います。
アップテンポの曲で悪くない。
でもJJペンとしたら、全然つまらないです。
だって、彼、やっぱり歌っていませんもの…
たった2ケ所しか歌ってません。

この頃の彼の一番安定してる音域、中音域から少し低音域にかけてのメロディーラインを歌っていますね。だから、完璧です。
綺麗に響いてます。
普通は、もう少しノイズ音が混じった音になると思いますが、彼は、全部綺麗に鼻腔に当てて響かせています。
もうちょっと歌わせてあげて欲しいな…
もう少し高い音域のメロディーまで歌ったら、とても綺麗な声が出るのに…

これもSMからの指示による戦略だったのでしょうか…

とにかく彼の声だけが、他のメンバーとは違う音色を持っているのです。

それは、そのうち嫌でも出てきます。
彼の歌唱力の伸びと共に、どうにもこうにも隠せなくなってきます。
楽しみね…


次回は、この曲のB面に入っている「言葉はいらない」です。

これも歌ってないんだけどね~
やる意味あるんだろうか…笑


追記

彼らの日本デビュー曲は、当初他の曲が予定されていたみたいなのですが、当初の曲が何だったのか知っていらっしゃる方があれば教えて下さいね。

JjVLK5Yl.jpg
2011年7月4日(アメブロの旧サイトにて初掲載)



【2017年6月9日 review 追記】

6年前に書いたreviewを読むと文章が稚拙で恥ずかしいですが、その頃の私のファンとしてのミーハーぶりが健在ですね(笑)

この曲も最近何度も聞き返しています。
この曲もまだ彼は地声で歌っています。

彼の地声は、今の頭声に比べて色艶が全くありません。
これといった特色がなく、ただ、優しい声という印象です。これは、彼が自分を押し付けずに、音楽に同化した歌い方をしようとこの頃から心がけていた現れで、このスタンスは、彼の歌に対する根本的なスタンスでもあり、今も変わることはありません。

歌を職業としていると、その人の歌を聴いただけで、その人の性格や思考の特徴などもわかります。
それほど、歌は、その人を顕著に示す表現方法の一つと言えます。

彼の歌に私が惹かれた大きな要素に、「音楽に対する謙虚さ」があります。
これは、ポップスを殆ど知らなかった私にとって、新鮮な出会いでした。
私が彼の歌に出会った時には、既に彼は今の歌声を手に入れており、歌が上手かった。しかし、彼のデビュー曲から聴き直した時、決して彼の上手さが、元々のものではなく、努力によって身に付けてきたものだと知りました。
その過程の中で、彼の音楽に対するスタンス、歌手としてのスタンスを知ることになりました。

歌を聴けばわかる。

曲ごとに進化していく歌い方を知るのは、私にとって大きな喜びと発見でした。
彼が、私達と同じように、音楽に真摯に向き合い、歌に対して謙虚な姿勢で、常に努力しようとする姿を見ることが出来たからです。
その姿勢は、今も変わらない。

この謙虚さと真摯に向き合うスタンスがある限り、歌手ジェジュンは、どこまでも伸びていきます。

どこまでも伸びる要素の大きな要素に「発声」の問題がありますが、彼の発声は、基本をしっかり身につけているので、今後、どんな歌に対しても、対処可能です。

彼が「ミュージカルはやらない」と発言したことも、重要なポイントです。

自分の歌や歌い方が、ミュージカルに不向きであるという判断も適切であり、自分のことをよく知っている証拠でもあります。


彼が今後、違うジャンルに進出するとしたら、それは、「JAZZ」です。

彼には、「JAZZ」を歌えるようになって欲しい。

その片鱗は、「Life support」で見せました。
彼の声量とパフォーマンス力があれば、十分「JAZZ」は歌えます。
彼自身も「40ぐらいになったら、JAZZが歌えるようになりたい」と言っています。

その方向性を可能にするのが、彼の音楽に対する謙虚さと発声力です。
この2つがある限り、彼の歌はどこまでも伸びます。

地声で歌を歌い続けていたら、その可能性はありません。
単なるK-POP歌手としてのポジションしかなかったでしょう。

彼以外の4人のメンバーは、K-POP歌手の域を脱することは出来ません。
もし、彼のように脱したいなら、発声を一からやり直す必要があります。けれどもその勇気は、もう持てないでしょう。

歌手にとって持ち声を変えるというのは、大きなチャレンジです。それは、自分の歌声についているファンの存在を脅かすものでもあります。
彼が、歌声を変えたとき、幸運なことに、彼の歌声のファンは少なかったのです。歌声にファンがつくほど、彼は歌っていなかった。
これが、彼に躊躇なく、歌声を変える決断をさせたと思います。


歌声を変えてから、彼は「歌声が好き」というファンの声を多く聞くことになりました。

「この歌声が好きと言って下さるファンの方が多いから」と彼自身が驚くほど、歌声のファンが増えました。
それが、今の歌手ジェジュンのファンに繋がっている。

彼を歌手ジェジュンに仕立て上げたのは、紛れもなく彼の歌声であり、彼自身の力で、そのポジションを手に入れたのです。

その歌声を私は諦められない。

J-POP歌手としての彼の軌跡をreviewに書き残すことで、多くの人の記憶に残したいと思います。